わかった!宗教が違うんだ!

 家庭教育学級がなんでモヤモヤするのか思いつきました!

 自分と違う宗教の布教活動を強制されているときの気持ち悪さです。経典も知らず、教祖の演説も聞いたことがなく、ただ楽しそうにやれと言われる。気持ち悪いわ~!!

 

 宗教って言うのはね、子供の頃からの習慣なのですよ。大人になってから宗教を変えるときには、宣教師の話を何度も聞いて、よく考えて、変える価値があると思った時にしか変えませんよね。このやり方で誰かが幸せになるのか、自分にとって意味のあることなのか、社会が上手く回るのか、誰かの夢を手伝えるのか。何だかわからないことをやるのは嫌なんです。

 

 ママたちが集まって、手芸教室をやるのは、企画も参加も楽しいからやるんですよ。体操教室も料理教室も、楽しいと思う人がいる限り楽しくやったらいいんです。もっと教養っぽいのが好きだったら、若い頃学問をやって楽しかったと思う人が、本の紹介とかしたらいいんです。

 そこに、講座数だの必修だのを義務付けしようとするから楽しくないことになる。教育について独学で学んで何とかやれと言うのは、私にとって楽しいはずがありません。文系の人で言うなら、今から1ヶ月以内に独学で物理学を勉強して、物理学の問題を洗い出し、これについて講師を決めて呼んでくださいと言っているようなもの。放送大学を途中からみんなで見て、物理は何の役にも立たないねと述べながら帰るみたいな会になりませんか?何が楽しいのか理解できませんから~(^^;